古代の霊長類レトロウイルスの感染爆発
研究の要点
- 古代チンパンジーレトロウイルス(CERV1:chimpanzee endogenous retrovirus1)は、過去1000万年にわたって霊長類に感染爆発を起こした。
- 大型類人猿(チンパンジー、ボノボ、ゴリラ)および旧世界ザルにCERV1感染と内在化。
- CERV1の感染受容体はリボフラビン輸送体である。
- CERV1およびブタ内在性レトロウイルスは同じウイルス干渉グループで、ヒトの異種臓器移植に重要な知見を提供する。
菠菜导航网,澳门太阳城赌城大学院共同獣医学研究科の西垣一男教授を主幹とする研究グループは、チンパンジーに存在する古代のレトロウイルスの感染爆発の追跡とその感染メカニズムを解明しました。
ヒトとチンパンジーは共通のレトロウイルスに感染した分子化石が残っている
ヒトとチンパンジーは、約500万年前は一つの祖先でしたが、進化により現在に至っています。ヒトとチンパンジーの染色体DNAの塩基配列は98.8%同じであり、共通の祖先であったことが分かります。染色体DNAには非常に多くの古代に感染したレトロウイルスの痕跡が遺伝子配列として残っており、内在性レトロウイルス(ERV)と呼ばれています。これは水平感染しているレトロウイルスが、生殖細胞に感染したことにより出現します。チンパンジーには古代に感染した42種類(系統)のレトロウイルスが染色体DNAに存在しており、40種類はヒトにも感染し内在化しているので、共通ウイルス感染症であったことが分かります。
古代レトロウイルスCERV1のチンパンジーへの進化論的感染経路
今回、研究グループは、そうしたヒトとチンパンジーの共通のレトロウイルスに注目する中で、チンパンジーに存在するものの、ヒトの染色体DNAには見当たらないCERV1(chimpanzee endogenous retrovirus1)と呼ばれる古代のレトロウイルスに着目し、CERV1の感染について詳しく調べる研究を行いました。
その結果、ヒトと最も近縁な霊長類である、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータンなどの大型類人猿のうち、アフリカに生息するチンパンジー、ボノボとゴリラや、アフリカ?アジアに生息する旧世界ザル(ニホンザルも含む)にCERV1の内在化が認められました(図1)。しかし、大型類人猿であるオランウータンや大型類人猿の近縁であるテナガザルの仲間、地理的に隔絶した中南米に生息している新世界ザルにはCERV1の内在化は認められませんでした。また、チンパンジーにはCERV1が177コピーも存在しており、霊長類全体でも35~231コピーの範囲で検出されました。これは霊長類進化の過程でCERV1の感染を複数回受けたことや、生体内でウイルスが大量に増えたことが原因であると考えられます。
CERV1がいつ頃感染したのか年代測定をしたところ、霊長類に1000万年にわたってウイルスが循環しており、チンパンジーへの感染よりも、旧世界ザルへの感染が早期だったことから、旧世界ザルで蔓延していたCERV1が大型類人猿へ感染した可能性があります。
動物進化とウイルス感染について分析したところ、チンパンジーとボノボにCERV1のオルソログ(同じ染色体の遺伝子座にCERV1が存在)が認められました。つまり、チンパンジーとボノボは共通の祖先にウイルス感染と内在化が生じ、その後、両種が分岐進化したことが分かります。さらに、それぞれに進化した後も、CERV1の感染が生じています。ヒトにはCERV1の内在化の痕跡が認められないのは、チンパンジーとヒトの共通祖先が分岐した後にCERV1がチンパンジーの祖先へ感染したからだと考えられます。
図1.霊長類の進化系統樹とCERV1の感染と内在化
CERV1の感染を受けてウイルスの内在化を受けた霊長類(赤色は内在化した霊長類)。ウイルスは1000万年にわたって循環してきた。
古代レトロウイルスCERV1のチンパンジーへの分子生物学的感染経路
CERV1はどのようにしてチンパンジーに感染したのか、分子メカニズムの解明にチャレンジしたところ、CERV1のウイルスの感染受容体は、「リボフラビン輸送体」であることが分かりました(図2)。リボフラビン輸送体は、リボフラビン(ビタミンB2とも呼ばれる)を細胞外から細胞内に取り込む機能を持つタンパク質です。CERV1がウイルス感染症として霊長類に蔓延してきたのは、霊長類をはじめ生きものにとって必要であるリボフラビン輸送体をウイルス受容体として利用したからだと推測されます。
図2.CERV1の感染メカニズム
CERV1は細胞膜に存在するリボフラビン輸送体を感染受容体に用いて、細胞へ侵入する。これが感染現象の分子メカニズムである。
〔挿絵:菠菜导航网,澳门太阳城赌城共同獣医学部 西本 美晴〕
CERV1と共通の感染受容体リボフラビン輸送体を利用する内在性ブタレトロウイルスPERV
興味深いことに、CERV1と同様に、リボフラビン輸送体をウイルスの感染受容体とする内在性ウイルスとしてPERV(porcine endogenous retrovirus)というブタ内在性レトロウイルスが存在しており、感染性ウイルスがブタの生体から産生されていることが知られています。偶然のようですが、ウイルス受容体の利用における、収斂進化であると考えられます。
本研究において、CERV1とPERVが同じウイルス干渉グループに属することが判明しました。これは、CERV1に感染している細胞は、PERVの感染に対して抵抗性を示すものです。ブタの臓器をヒトへ異種移植するための非臨床試験において、ブタ臓器から産生されるPERVはアカゲザルやヒヒなどの旧世界ザルには感染しないことが知られています。CERV1とPERVの関係性が明らかになり、すでにCERV1に感染しているサルは、ブタ臓器から産生されるPERVの感染に抵抗性であると推測されます。一方、ヒトはCERV1が存在していないため、PERVの感受性はアカゲザルなどとは異なると考えられ、ヒトへの異種臓器移植において、感染のリスクが心配されます。
CERV1は動物への感染から長い時間が経過しているため、ウイルスの遺伝的多様性が認められ、それは宿主動物の系統と一致し、動物進化と共に多様化しています。また、チンパンジーやアカゲザルの様々な臓器にCERV1の発現が認められることから、ウイルスと動物の共進化が生じており、機能的役割を果たしていると推察されます。
CERV1はなぜヒトに感染しなかったのか?
最後に、研究グループは、CERV1がなぜヒトに感染しなかったのか?という疑問について検討しました。CERV1の感染受容体であるリボフラビン輸送体の遺伝子発現パターンが、ヒトと、チンパンジーおよびアカゲザルの間で大きく異なっています。このような知見は、CERV1がヒトの生殖細胞に感染せず、内在化に至らなかったことを推測させます。さらに、CERV1に感染している動物の生息地や感染の流行など時空間的な要因も考えられます。あるいは、CERV1に感染したヒトの祖先は絶滅したのかもしれません。
古代のウイルス感染の分子記録から、人類や動物はウイルス感染症と闘いながら進化しており、おそらく、未来もウイルス感染症と闘っているのではないかと考えられます。古代の感染記録から、人類や動物の進化、ウイルスと宿主の共進化、ウイルスの内在化、およびウイルス絶滅のメカニズムの謎が、少しずつ解き明かされると考えられます。そして、流行しているウイルスがどのように変異?進化していくのかウイルスの運命の未来予測ができる時代が訪れるのではないでしょうか。
本研究成果は、オックスフォード大学出版の科学雑誌「Virus Evolution」に掲載されました。
発表論文の情報
- タイトル:Riboflavin transporter: Evidence of a role as entry receptor for chimpanzee endogenous retrovirus
- 掲載雑誌:Virus Evolution
- D O I:https://doi.org/10.1093/ve/veaf031
- 著 者:Loai AbuEeda, Ariko Miyakea, Nashon Wanjala, Didik Pramono, Dimas Abdillah, Masanori Imamura, Masayuki Shimojima, Joachim Denner, Junna Kawasaki, Kazuo Nishigaki(a著者は等しく貢献)
- 所 属:
謝 辞
本研究成果は、以下の研究費の支援を受けて得られました。
- 科学研究費補助金?基盤研究(B)
研究代表者:西垣 一男
研究課題番号:23K27086、20H03152
用語解説
?レトロウイルス
ウイルス粒子内に逆転写酵素を持つRNAウイルス。レトロウイルスが細胞に感染すると、逆転写酵素の働きによりウイルスRNAはDNAに変換され、宿主細胞の染色体DNAに組み込まれる。
?内在性レトロウイルス
古代のレトロウイルス感染症の痕跡。レトロウイルスが生殖細胞に感染し、親から子へとウイルス遺伝子が次世代へ受け継がれている。
?水平感染
動物やヒトの間で、ウイルスが伝播する様式。
?収斂進化(しゅうれんしんか)
別系統の生物が、同じような特徴を発展させ、体や行動などが似たようになる現象。
?分子記録
古代に感染した痕跡がDNA配列として記録されているもの。ウイルスは、恐竜などのように化石となって残ることはないが、ヒトや動物のゲノムには、祖先が感染した古代のレトロウイルスの遺伝子配列が、化石のように存在する。
問い合わせ先
菠菜导航网,澳门太阳城赌城 大学院共同獣医学研究科 獣医感染症学研究室
教授 西垣 一男
E-mail: kaz@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)